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浦和地方裁判所川越支部 昭和53年(ワ)133号 判決

原告

高橋加代

被告

平田一彦

主文

一  被告は原告に対し、金三四七、九六〇円およびこれに対する昭和五一年六月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一宛を原告および被告の各負担とする。

事実

第一申立

一  原告

左の1、2の判決および仮執行宣言。

1  被告は原告に対し、金二、九七一、一八三円およびこれに対する昭和五一年六月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決。

第二主張

一  原告

(一)  (事故の発生)

昭和五一年六月二一日午後一時四〇分ごろ、川越市脇田新町九丁目二番地先国道一六号線路上において、昭和四九年一〇月一八日生、当時一歳八月の原告は、被告運転の普通乗用自動車と衝突し、受傷した。

(二)  (事故の態様)

本件交通事故現場の道路は、約八〇メートル先まで視野に入る見通しのよい直線道路であつて、被告は以前にも数回ここを走行したことがあり、事故当時、被告は片側二車線道路の中央側を、時速五〇ないし五三キロで走行していた。

被告は本件交通事故現場にさしかかつた際、数秒の間、進路前方から目をはなして歩道橋の標識を見つづけており、原告が二車線の中央近くまで出て来ているのに気づいて直ちに急制動の措置をとつたが及ばず、停止する直前に原告に衝突した。

(三)  (被告の過失)

本件交通事故現場近くには、幅員約四・五メートルの道路が被告の進行する道路と直角に交又しており、同道路からの車両の進入や歩行者の横断も予想されるのであるから、被告が、前述のとおり数秒間も進路前方の注視を怠つたまま進行したことは重大な過失である。

(四)  (原告の損害)

原告は本件交通事故によつて骨膜に達する前額裂創の傷害を負い、事故当日の昭和五一年六月二一日から同年七月三日まで一三日間、川越市の廣瀬病院に入院して治療をうけ、同月四日から昭和五二年七月一六日まで約一年間同病院に通院して治療をうけたが、顔面に著しいケロイド状の創痕が残り、この創痕は一生消えることがない。この後遺障害は一二級一四号に該当し、将来の利益逸失の経済的損害も否定しえない。

本件交通事故によつて原告の蒙つた損害は、医療費を除いて次の(1)ないし(9)のとおりで、合計金四、五八五、一八三円である。

(1) 入院慰謝料 二五〇、〇〇〇円

(2) 入院付添費 三二、五〇〇円

(3) 入院雑費 七、八〇〇円

(4) 通院慰謝料 一五〇、〇〇〇円

(5) 通院付添費 一二、〇〇〇円

(6) 通院交通費 五、二八〇円

(タクシー代三三〇円の八往復分)

(7) 後遺障害慰謝料 二、〇〇〇、〇〇〇円

(8) 逸失利益 一、六二七、六〇三円

(昭和五一年度賃金センサス女子高卒、労働可能年数一八歳から六七歳まで、ライプニツツ方式で算出)

(9) 弁護士費用

(原告法定代理人父母は当事者間の話しあいによる解決のため努力したが、被告に誠意なく、やむなく原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、日本弁護士会連合会費用報酬規定にもとづき、費用および報酬として合計金五〇万円を支払うことを約した。)

(五)  (損害の填補)

右損害につき、原告は被告からすでに金一、六一四、〇〇〇円を受領している。

(六)  (請求)

以上により、原告は被告に対し、民法七〇九条にもとづき、前記損害額より填補をうけた分を差引いた残額金二、九七一、一八三円と、これに対する本件交通事故の日である昭和五一年六月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める。

二  被告

(一)  原告主張の(一)(事故の発生)および(二)(事故の態様)の事実は争わない。

(二)  本件交通事故における被告の過失は軽微である。現場は歩道橋の設置を必要とする程交通量の激しい国道一六号線上の、しかも歩道橋のほとんど真下であつて、被告の立場の自動車運転者としてはここに横断歩行者があることなど予想もできないことであり、また本件においては、被告からは歩道橋の階段の手すりにさえぎられ、背の低い幼児の原告の姿が見えにくかつた事情もあると思われる。

(三)  (原告の過失)

これに反し、原告側には過失相殺されるべき重大な過失がある。当時、原告には原告法定代理人親権者である母高橋一江が祖母(原告の父の母)とともに付添つていながら大人同士のおしやべりに夢中で、歩道橋の上で生後一歳八月の原告から目をはなして一人歩きさせ、原告が歩道橋から階段を下りて国道に出るまでの、三〇秒や一分といつた短かいものではない相当の時間気づかないでいたことは、原告の母高橋一江と祖母との両名の、即ち原告側の重大な過失である。

(四)  原告主張の(四)(原告の損害)の事実中、前段の傷害の部位、程度は不知。同じく後段の損害中、(4)(5)(6)は認め、(7)(8)は否認する。原告の顔面の創痕は髪のとかしかたによつてかくすことが不可能でなく、将来手術によつて改善の可能性が十分ある。また、顔面の創痕によつて労働能力が喪失することはなく、利益の逸失はない。(1)(2)(3)および(9)は不知。

(五)  (損害の填補)

本件交通事故について、被告は原告に対して、医療費として金三〇一、八六〇円、雑費として金五、二〇〇円、文書料として金六〇〇円、慰藉料として金九六、六〇〇円(被告本人支払金三万円、その余は保険)、後遺症分として金一五七万円、の合計一、九七四、二六〇円を支払つている。

第三証拠〔略〕

理由

一  (事故の発生と態様)

原告主張の(一)(事故の発生)と(二)(事故の態様)の事実は当事者間に争いがない。

二  (被告の責任)

成立に争いのない乙一号証に、原告法定代理人高橋一江と被告の各本人尋問の結果を総合すると、本件交通事故は、被告が普通乗用自動車を運転して、指定の時速五〇キロメートル位の速度で、見通しのよい国道一六号線の直線道路を八王子方向から川越市街方向へ向けて進行し、本件交通事故現場にさしかかつた際、前方歩道橋の案内標識に注意を奪われ、寸時進路前方の注視をおろそかにしたまま進行をつづけた過失により、進路前方の道路上を左から右へ歩行し、進入してきた原告の発見が遅れ、直ちに急制動をかけたが間にあわず、自車前部を原告に衝突させたものであることが認められ、被告には、民法七〇九条により、本件交通事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

三  (過失相殺されるべき原告側の過失)

右各証拠によると、本件交通事故現場は国道一六号線の車道上の、これをまたぐ歩道橋の、進行方向に向つて少し先であるが、原告の母である原告法定代理人高橋一江が夫の母といつしよに生後一歳八月の原告ともう一人の子供をつれてこの歩道橋のところへ散歩に来ていたときの出来事であること、本件交通事故のおこる一〇分位前から右高橋一江と夫の母は歩道橋の踊り場で話しこみ、原告から目をはなし、その動向に対する注意を怠つていたこと、その間に原告は歩道橋を降り、そのすぐ下付近で、ひとりで国道一六号線の車線上に進み出たことが認められる。

このように、生後一歳八月になつたばかりの分別の乏しい、それでいて一人歩きをする幼児を交通ひんぱんな国道の付近で一人歩きさせることの危険なことはいうまでもなく、原告をしてこのような状態においたことについては、ふだん監護養育の任にあたり、この時も現場に付添つて来ていた原告の母高橋一江に小さからぬ過失があり、これは原告側の過失として過失相殺の対象となるものである。そして、その程度は三割とみることが相当である。

四  (原告の損害)

(一)  成立に争いのない甲一、三、四号証、乙二号証、原告法定代理人両名の尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲五号証の一、二に右法定代理人両名の尋問の結果を綜合すると、本件交通事故によつて原告は骨膜に達する前額部裂傷の傷害を負い、事故当日の昭和五一年六月二一日から同年七月三日まで一三日間、川越市の廣瀬病院に入院し、治療をうけたこと、右入院期間中、母である原告法定代理人高橋一江が付添つていたこと、が認められ、傷害の内容、程度や原告の年齢からみて右入院治療や付添は当然必要、相当なものとみられるから、原告は右入院期間中、付添看護料および入院雑費として相当額の損害を蒙つたものというべきであるが、その額は付添看護料相当額が一日金二、五〇〇円、一三日で金三二、五〇〇円、入院雑費相当額が一日金六〇〇円、一三日で金七、八〇〇円とみるのが相当であるし、右傷害の程度、事故に至る経過もあわせ考えると、右入院治療によつて原告は金二五万円の慰謝料に相当する精神的損害を蒙つたものとみるのが相当である。

(以上合計金二九〇、三〇〇円)

(二)  原告が退院後も昭和五二年七月一六日まで、実日数として八日、右廣瀬病院へ通院したこと、原告が右通院付添費用として金一二、〇〇〇円相当の損害をうけ、通院交通費としてタクシー代金三三〇円の八往復分合計金五、二八〇円の支出をし、同額の損害をうけたこと、右通院期間中に原告は金一五万円の慰謝料に相当する精神的損害を蒙つたこと、は当事者間に争いがない。(以上合計金一六七、二八〇円)

(三)  成立に争いのない甲一、二、三、四号証、原告法定代理人高橋幸夫の尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲五号証の一、二に原告法定代理人両名の各尋問の結果を綜合すると、前述のとおり、原告は本件交通事故によつて骨膜に達する右前額部裂創の傷害を負い、入院、通院治療を経て、事故後一年一月ほどで治癒の段階に達したこと、しかしその後も右前額部の髪の生えぎわ付近に長さ約一〇センチメートルの、外見上顕著な、ケロイド状に赤く腫れ上り醜状を呈する一條の條痕が残存していること、この傷痕はいまのところ急速に、また完全に消えていく可能性が少く、少くとも数年は現状に近い状態が残るものと予想されること、現在、原告は髪を前にたらすことによつて傷痕をかくすようにしており、或程度それが可能なこと、右傷痕以外に原告には本件交通事故による傷痕がなく、また幸い、身体、精神上、これといつた機能の障害も現われていないこと、等の事実が認められるが、右後遺症の残存によつて原告の蒙る精神的損害は原告が女性であることでもあり小さくなく、これを慰謝するには金二〇〇万円の慰謝料の支払を必要とすると考えるのが相当である。

(四)  ところで、原告は本件交通事故による後遺症のための得べかりし利益の喪失を主張しているのであるが、前記認定のとおり、原告は事故当時一歳八月、現在でも五歳に至らない幼児であるから、現在までの利益の逸失のないことはいうまでもないし、右認定のとおり原告の後遺症は前頭部のその程度の醜状を呈する條痕のみで、外に身体上、もしくは精神上の機能の障害を認めることができないのであるから、いかに女性とはいえこれを以て労働能力の減少ありとし、利益の逸失を認めることは相当でないものと判断する。

(五)  以上によつて、本件交通事故によつて原告の蒙つた損害は、医療費を除外して右(一)(二)(三)の合計金二、四五七、五八〇円となるが、前述の三割の過失相殺分を除くと、被告の負担すべき額は金一、七二〇、三〇六円となる。

(六)  ところで、本件のような交通事故にもとづく損害賠償は、当事者間で簡単に話がつけばともかく、そうでなければ専門家である弁護士に依頼して示談交渉や訴訟手続をとるのがふつうであり、また相当といつてよいが、本件においても当事者間の話は簡単につかなかつたのであるから、原告が本件訴訟代理人を依頼してこれに相当の手数料や報酬を払えば、その分は本件交通事故における損害として被告に負担させることが相当である。そして右損害額は、本件事故の内容、請求額および前記認定額、日本弁護士連合会報酬等基準規程等を綜合勘案して、金三〇万円とすることが相当である。

(七)  以上によつて原告が被告から支払われるべき損害額は合計二、〇二〇、三六〇円である。

五  (損害の填補)

ところで、原告が医療費分を除いて合計金一、六七二、四〇〇円の支払をうけ、その分の損害の填補をうけたことは当事者間に争いがなく、従つて、未だ填補されていない損害額は金三四七、九六〇円である。

六  (結論)

以上によつて本件請求は金三四七、九六〇円と、これに対する本件交通事故の日より支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの分を認容して、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条本文を適用して、その二分の一宛を原被告に各分担させることとし、仮執行宣言の申立については相当でないから却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍晴彦)

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